2024年12月に2025年度税制改正の大綱が閣議決定されました。今回の税制改正では、いわゆる「年収103万円の壁」が見直されることになり、注目した人も多かったのではないでしょうか。
また、「年収103万円の壁」以外の「年収の壁」も話題になりました。この記事では改めて「年収の壁」について解説するとともに、扶養の範囲に収まる年収を紹介します。
ただし、改正後の情報は税制改正の大綱の内容を元に記事を作成しているため、今後の国会審議によって変更される可能性もあります。この点、ご留意ください。
「年収の壁」と扶養の関係
「年収の壁」は、所得税や社会保険料を負担する境目の年収のことです。「年収の壁」以下であれば、所得税や社会保険料の負担がないため、手取りが減ってしまう年収という見方もあります。
年収の壁以下の場合、世帯の中で収入が最も多い人(以降、生計者)の税負担を軽くできたり、生計者の健康保険を利用できたりします。この状態を一般的に「扶養に入る」と表現します。税負担が生じる年収と社会保険料負担が生じる年収に違いがあるため、「税制の扶養」と「社会保険制度の扶養」があります。
3つの「年収の壁」
「年収の壁」には、「扶養を抜けるかどうか」という視点で見ると3つの壁があります。それぞれの年収の壁の金額と特徴を解説していきます。
税制の「年収103万円の壁」
「年収103万円の壁」は、パートやアルバイトなどの人が所得税を納める境目となる年収です。年収が103万円以下であれば所得税はかかりません。
103万円は下の図のように、所得税がかかる金額を計算する際に控除できる金額のうちで最少の金額です。実際には、控除額の合計が人によって変わりますので、一概に年収がいくらまで所得税がかからないとは言い切れません。しかし、パートやアルバイトなどの人は少なくても「給与所得控除」55万円と、「基礎控除」48万円が適用されるため、最低額の103万円であれば、所得税はかかりません。
図1 パート・アルバイトの人の所得税課税の仕組み
国税庁 所得税のしくみ(https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/01_1.htm)を基にFPサテライト(株)にて作成
なお、自営業やフリーターなどの個人事業主の場合は、所得税の計算方法がかわり、「年収103万円の壁」ではなくなります。個人事業主は、事業にかかった費用を収入から引ける代わりに「給与所得控除」はありません。必要経費を引いた「所得」48万円が最低ラインとなります。
図2 個人事業主の人の所得税課税の仕組み
国税庁 所得税のしくみ(https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/01_1.htm)を基にFPサテライト(株)にて作成
なお、2025年度税制改正ではこの「年収103万円の壁」が見直され、改正後は壁になる金額が上がる予定です。詳しくは『「103万円の壁」が「123万円の壁」に?』の章で解説します。
生計者への影響は?
パートやアルバイトで「年収103万円の壁」以下の人や、自営業で所得48万円以下の人が同じ世帯にいると、生計者は条件によって「扶養控除」や「配偶者控除」などが適用されます。「控除」が増える分、生計者の所得税負担を抑えることができます。
一方、壁を超えて所得税を納めるようになると、生計者の「扶養控除」や「配偶者控除」が適用されなくなり、生計者の所得税も増えてしまいます。ただし、配偶者の場合は、特例があります。配偶者の年収が150万円未満であれば生計者の控除額は変わらず、150万円以上になると段階的に控除額が少なくなっていきます。
社会保険適用拡大の「年収106万円の壁」
「106万円の壁」は、パートやアルバイトの人が、会社の規模や労働時間などによって社会保険適用拡大により社会保険加入が必須になる年収で、収入から残業代やボーナス・交通費などを省いた金額で判断します。正確には、契約で月給8万8,000円以上が決まった時点ですが、年収換算で「106万円の壁」といわれています。
社会保険加入の条件は、次のようなものがあります。
パート・アルバイトの人の社会保険加入条件
- 週の勤務時間が20時間以上
- 2ヵ月以上働く予定
- 月額8万8,000円以上で雇用契約している
- 学生ではない
- 従業員が51人以上の企業
壁を超えると、社会保険料を負担することになりますが、働く上での保障が厚くなり、将来厚生年金も受給できるようになるというメリットもあります。
なお、生計者の「社会保険制度の扶養」を抜けることになりますが、生計者に影響はありません。
社会保険の扶養から外れる「年収130万円の壁」
「130万円の壁」は、働き方によらず社会保険の扶養から外れる年収です。扶養を抜けても生計者に影響はありません。
パートやアルバイトの人は雇用先の社会保険に加入できる場合もありますが、加入できない場合は国民健康保険や国民年金に加入します。また、個人事業主の人は国民健康保険や国民年金に加入します。
パートやアルバイトの人が雇用先の社会保険に加入すると、「106万円の壁」同様、働く際の保障や将来受け取れる年金が増えることなどのメリットがあります。なお、一時的に年収130万円を超えてしまった場合には、雇用主が証明書を発行することにより、最長2年間扶養のままでいられる特例もあります。
「103万円の壁」が「123万円の壁」に?
2025年度税制改正の大綱では、基礎控除と給与所得控除をそれぞれ10万円ずつ増額することが明記されました。その結果、大綱が承認されれば、パートやアルバイトの人は年収123万円、個人事業主の人は所得58万円まで所得税がかからなくなります。
また、1人暮らしの学生などは生活費に充てるためアルバイトの収入を増やしたいケースもあるでしょう。そのような場合の生計者の税負担を軽減するために、「特定親族特別控除」が新設予定です。この制度は段階的に控除額を減らす仕組みで、新設されると、150万円までは扶養控除内と同額の控除が適用されるようになります。
扶養から外れない年収は?
扶養から外れない年収は、前述の3種類の「年収の壁」のいずれも超えない金額、つまり3種類の中で最も少ない金額となります。最も少ない金額の壁は働き方によって異なり、税制改正の前後で次のようになります。
表1 働き方の違いによる扶養から外れない収入
働き方 | 扶養から外れない収入 | |
現在
(2025年1月時点) |
パートやアルバイト | 年収103万円 |
個人事業主 | 所得48万円、
もしくは年収130万円の少ない方 |
|
税制改正後
(予定) |
パートやアルバイト | 社会保険適用拡大対象者:年収106万円
その他:年収123万円 |
個人事業主 | 所得58万円、
もしくは年収130万円の少ない方 |
厚生労働省 社会保険適用拡大特設サイト(https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/)及び国税庁所得税のしくみ(https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/01_1.htm)を基にFPサテライト(株)にて作成
2025年1月時点では、パートやアルバイトで最も年収の壁が低いのは所得税の「年収103万円の壁」です。個人事業主は控除によって異なり、所得税の壁である所得48万円、もしくは社会保険の扶養から外れる年収130万円の少ない方です。
なお、税制改正大綱が承認された場合は、パートやアルバイトは社会保険適用拡大によって異なります。社会保険に加入しなければならない場合は「年収106万円の壁」、社会保険の加入条件に合わない場合は「年収123万円の壁」が最も低い壁になります。
個人事業主の場合は控除額によって異なり、所得税の壁である所得58万円、もしくは社会保険扶養の壁年収130万円の少ない方です。
「年収の壁」は長期的な視点と生計者への影響も検討を
「年収の壁」は、所得税や社会保険料の負担がなく、生計者の扶養に入れる年収です。所得税の「年収103万円の壁」は生計者の税負担にも影響がありますので、税制改正で壁の金額が上がることは生計者にとってもメリットとなるでしょう。
一方、社会保険の「年収106万円の壁」が変わらなければ、こちらを意識して働く人もいるかもしれません。壁を超えると社会保険料を負担するようになりますが、社会保険に加入すると働く上で保障が厚くなることや、厚生年金が受給できるようになるなどのメリットもあります。
「年収の壁」を超えない働き方・超える働き方、それぞれのメリットと注意点があります。世帯全体で最もメリットのある働き方を検討することが大切です。
執筆者情報
黒川 一美(MILIZE提携FPサテライト株式会社所属FP)
大学院修了後、IT企業や通信事業者でセールスエンジニア兼企画職として働く。
出産を機に退職し、お金を稼ぐ側から家計を守る側に立場が変わり、お金の守り方を知らなかったことを痛感。自分に合ったお金との向かい合い方を見つけるため、FP資格を取得する。
資格取得後は、FPの勉強を通じて得られた知識をもとに、よりよい家計管理を求め試行錯誤の日々を過ごす。
現在は3人の子育てをしながら、多角的な視点からアドバイスができるFPを目指して活動中。